Mr.白幡のA級ディンギー講座

Mr.白幡のA級ディンギー講座(前・日本A級ディンギー協会会長白幡寛氏のご厚意による)

A級ディンギー International 12 Foot Dinghy とは?
今から100年前 1912年) 、英国人George Cockshottが設計した。
LOA:12 feet LBP: 4feet 8inchsDepth: 1feet 8inchsSail-area:10.0 square feet. 外板クリンカー張りの木造小型Sailing rowing dinghy
英国で多数建造され、クラブレースが行われていた。
1920 (アントワープ) および1928 (アムステルダム) 2回、オリンピックのレース艇に採用されて活躍した名艇。

A級ディンギーの名前の由来は?
日本ヨット協会が設立され、12フィート・ディンギーの製造権を導入した際、工作図面、建造仕様書の表題に“A”Class One Design Dinghyと書かれていた。
この“A” Classをそのまま『A級』と訳し、「A級ディンギー」と呼ぶようになった。
設計者Cockshottのつけた名前“A”をそのまま使っているのは 日本だけ。
英国ではBRAの設計競争入札で出現した艇と言うことでBRA“A”Class Dinghyと呼ばれるようになった。今でも英国で、特にお年寄りには、BRA “A”Class Dinghy、或いはBRA 12 Dinghyの愛称で呼ばれている。
同じように製造権を導入したイタリーは「12F Dinghy」、また、オランダは「12VTS Dinghy」の愛称で呼んでいる。

12フィート・ディンギーが日本に導入された経緯
1930年頃 (昭和初期) 、日本ヨット界の父小澤吉太郎氏が親しく師事していた商船学校校長関谷先生から、英国人Cockshottの設計した12フィート・ディンギーが取扱い易く、帆走性能も良く、価格も手ごろなので、「ヨットマン育成の為日本に導入したら良い」との指導を受けた。そこで、日本ヨット協会を設立した際、製造権を導入して園内建造をすすめ、日本の公認レース艇とした(小澤吉太郎氏の話)。

Cockshott 12feet dinghyの最初のレースと現在のCockshott Trophy Race
1912年、BRABoat Racing Association)の主催した設計競争入札に優勝したCockshott12feet dinghyを、英国西部Marine湖にある名門セーリングクラブWKSCWest Kirby Sailing Club)が6艇を建造した。
WKSCは完成した6艇をもって英国各地から12のセーリングクラブを集め、1913104Cockshott 12feet dinghy の最初のレースを開催した。
レース方法は12クラブを先ず6クラブに絞り、更に3クラブに絞って優勝争いをおこなった。優勝はCockshottが率いるSouthport Sailing Clubで、Cockshott自身が走り優勝した。WKSCの優勝カップは10インチ以上ある英国調の飾りのついた立派な純銀製のカップ。

Wksc_cup_2 100
年以上経過した現在、欧州、その他でCockshottの名前が出るレースが盛大に行なわれているのに感銘を受けたCocckshott家から、100年間家宝として大事にして来たWKSCの優勝カップが寄贈された。
2008年から『Cockshott Trophyレース』が毎年オランダ De Kaag、イタリー Bracciano トル Tuzia3か所で開催され、3か所の合計点数で優勝が決まる。
優勝者は、勿論持ち回りだが写真のカップを手にすることが出来る。

pdf:「kouza.pdf」をダウンロード  (松島A級帆走倶楽部WebからCOPY)

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